No.13 随想 ソフトな金とハードな金
昭和56年(1981年)3月11日
早川 幸男
選考委員・名古屋大学理学部教授
ソフトかハードかと問えば、一般にソフトの方が好感をもって迎えられているが、こと金に関すれば話は逆になる。ソフト通貨は国外に出れば単なる紙切れであるが、ハード通貨は世界中で通用する。お金の通用性に限らず、その使い方においてもハードが尊重されている。金は物の所有権の変更に対して支払われるが、形をなしていない‶もの″に対しては価格がつきにくい。
かつてイザヤ・ベンダサンは日本を水と安全が無料である国として特徴づけたが、これにもう一つ智恵を加えるべきであろう。もっとも全く無料ではなく、水道料程度は支払われているが、ただが普通で智恵を売るのは強欲と感じられている。八っさん熊さんに何でも気軽に教える大家さんは愛され、吉良上野介は憎まれる。こんな話をするのは、原稿を高く売ろうというためではなく、研究費についてソフトな面をもっと評価してほしいと思うからである。
国費による研究助成は、大部分ハードな物の購入に充てられる。ソフトな面といえば、人件費、謝金、旅費等の枠があるが、研究者の給料は研究と別建の定員で抑えられ、謝金は単純労働に対するものであり、旅費は堅苦しい人事管理でしばられている。使い方から見ると、とてもソフトとはいい難く、智恵を働かすかどうかには余り関係せずに、拘束時間に対して支払われる費目といった方がよい。ソフトな費目として講座研究費や科学研究費が挙げられているが、前者の大半は光熱水料等の維持的経常費に充てられ、後者は窮屈な経理に縛られているのが現状である。こういう場合民間財団の研究援助が生きてくる。
私はここ十数年海外の基地を利用する天体観測に従事してきた。このためには、⑴共同研究者や現地担当者との綿密な事前打合せ及び現地視察、⑵測定機器の製作、整備、運搬、⑶現地での観測、⑷データ処理と解釈、⑸成果発表という手順になる。このうち、⑵はハードな金、⑸は研究集会派遣のややソフトな金でまかなわれるが、他に対してはソフト過ぎてか窓口がほとんどなかった。研究者の働きかけによって、学術振興会や共同利用研究所に窓口が開かれたが、国の経理では3月に出発して4月に観測する年度にまたがる研究が困難である。この点、民間財団のソフトな援助がかけがえのない有効さを発揮する。事実、私は今まで4民間財団から援助を仰いだ。総額は千数百万円であったが、その後」3分の1をソフト面に使って成果を挙げることができた。実行上は、共同研究相手の財源、文部省在外研究員、学振、共同利用研等、様々な窓口からの金を組み合わせて綱を渡る芸当をした。
外国と共同研究をしてみると、外国でははるかにソフトな使い方ができることを知った。例えば現地のレンタカー、物資調達など、悪いが相手側に払わせたことが多かった。しかし度が過ぎると車やテレビを売ってもうけているのにといわれるので、旅費を割いてこちらが支払ったこともある。わが国では、金の使い方のみならず、国境がとくにハードな壁になっており、科学的にも経済的にもよい条件で観測できる機会をみすみす逸している。民間財団の援助はこういう面に向けられれば効果対費用比が大きい。こうしてソフトな金が生きてくれば、智恵を尊重する風潮も広まるであろう。
記念誌「山田科学振興財団の5年」(昭和57年(1982年)2月1日発刊)より