No.21 随想 財団設立10周年によせて
飯野 徹雄
前選考委員/東京大学理学部教授
昭和56年度から昭和60年度まで選考委員をつとめさせて戴いたが、財団も設立10周年を迎え、わが国の科学研究援助財団としての、実績と高い評価を確立されたことは喜ばしい。
選考委員の任を果たしながら常に感じたことは、財団自体がその運営に常にフレキシビリティーを保ち、研究援助財団としての改善・発展を目指しておられたことである。今回の設立10周年記念出版の寄稿依頼状でも、単に10周年の祝辞や回想録でなく、寄稿内容として数項目にわたる、今後の運営改善のための意見・論評・批判事項などを盛り込むことを望んでおられることの趣旨も、そうした財団の積極的意図の現われと見たい。常に進歩と発展を要請される科学研究に対する援助財団として、まことにふさわしい行き方であり、今後ともその精神が活かされ続けることを期待している。
数多くの研究援助財団が設置されている中で、自然科学の基礎的研究に的をしぼっておられることも、私共基礎研究者にとっては感慨深いことで、「真理が我等を自由にする」という信条を今後とも持ち続け、事業報告書巻頭のこの標語が、将来とも消え去らないことを念願している。
過去の財団援助の中で、私なりに記憶に残ったのは、昭和58年度に実施された国際蘇苔類学会東京大会への援助であった。従来蘚苔類の研究は、植物学の中でもかなり特殊であり、いわば日陰者的存在だったとさえ言える。しかし、近年下等植物と高等植物を結ぶ植物群として蘚苔類が生物学の研究対象として国際的にも注目されるようになってきた。そのような情況変化の現われ始めた時期に日本で開催された上記の国際会議は、いわゆりコケ学者以外の生理学者・細胞学者さらには分子生物学者に関心と参入の機会を与え、新しい生物科学の発展の契機となりえたものであったと言えるであろう。財団によるこの種の学会への援助は、いうなれば、国際的視野から新しい研究動向に対応すべきわが国の萌芽的分野への寄与として、大きく評価されるように思う。
国際的学術交流にかかわる日本の情況について、常に感じていることは、先進国からの受入れはもとより、特に発展途上国からの留学生受入れ体制が極めて不備なことである。アジア地域からの留学については、その希望が国レベルでも個々の研究者レベルでも非常に高まり、わが国の国家機関でも積極的な方策をうち出し始めているが、現状では受入れ体制の上からも、資金の上からも、要望を満たすにはまだまだ貧弱な状態であるように思われる。山田財団の現在の事業内容を縮小してまで、それに対応することには問題もあろうが、今後事業の展開をはかる機会があるならば、考慮に入れて戴きたい方向の一つと考えている。
財団で実施されたMBEへの援助も特筆すべきものと思う。比較的高度な設備による研究プロジェクトが、毎年1件ずつでも継続的に援助され、わが国における研究の中核として活かされるのは素晴しいことであり、今後も各種分野にわたって、逐次実施をはかられるよう希望したい。
以上寄稿依頼を受けて思いつくままに書き並べたが、財団における「真理」と「発展」の基本理念が保ち続けられる限り、科学研究のための財団として今後とも大きな役割を果たし続けるであろうと確信している。
最後に、選考委員としての任期を通じて、財団役員ならびに事務局職員の皆様の、非常にきめ細かく配慮のある運営に接し、気持ち良くその任を果たすことができたことを感謝する。
記念誌「山田科学振興財団の10年」(昭和62年(1987年)2月1日発刊)より