No.22 過ぎしことごと・明日への架け橋 偶感
泉 美治
選考委員/大阪大学名誉教授・大阪学院大学商学部教授
近年研究機器は益々大型化し、研究の質と量は好むと好まざるによらず、それに大きく影響されている。そのために一般的な研究業績は最新の機器をもっている研究室により有利になっている。一般的な業績を基礎に多くの研究助成が行われる関係から、太るものは益々太り、細るものは益々細る傾向にある。しかし一歩下がって考えてみると、単なる手段のひとつとして機器が用いられているのではなく、研究の殆どが機器に依存している研究では、萌芽的研究の大部分は機器の開発過程で終わっているのではなかろうか。一方萌芽的研究を見いだすことは原理的に不可能に近いことである。公的な研究助成では運営の機構上一般的な業績を重視し、萌芽的研究の発掘と言う掛け声とは裏腹の結果に終わらざるをえないことが多い。私財に基づく助成財団は選考等の運営でそれに比べて比較的自由である。無駄な助成をするのもそれなりに良いのかも知れないが、思い切って未完成なもの、夢の多いもの、あるいは若い研究者の助成に徹底するのも一つの行き方で有る。同じ無駄をしても、その中に本当の萌芽的研究が生まれてくる可能性があるのではないだろうか。このような助成法が比較的恵まれていない地方の研究者に潤いをもたらすことは当然である。
話題は大変にとぶが、研究助成の金額と窓口が昔に較べて多くなっている。大変に結構なことではあるが、このような環境は研究者に、それを支えている社会があることを忘れがちにさせてはいないだろうか。社会が望んでいる人間味ある未来社会は、社会に対して謙虚な研究者によって築かれると私は思っている。本研究財団に助成申請をされる方々の総てがそうであると信じつつも、これが審査書類に目を通すとき、いつも私の頭をかすめることである。
記念誌「山田科学振興財団の10年」(昭和62年(1987年)2月1日発刊)より

