No.27 過ぎしことごと・明日への架け橋 或る難病治療への道程

岡田 善雄
選考委員/大阪大学細胞工学センターセンター長

 ずい分昔の事になるが、細胞融合現象を利用して、生きている細胞に任意の高分子物質を注入する方法を開発し始めて2年程たった頃の事である。私共の開発した方法の応用問題として、或る遺伝病の細胞を in vitro で治療することに成功した。この遺伝病の欠損因子を理解するのに大きな役割りを果たした実験で、非常に嬉しい成果で、思い出も深い。
 当然の事ながら、この成果を国際雑誌に発表したが、その直後から思わぬ手紙が舞込んでくるようになった。この遺伝病の患児をもつ母親から、子供を治療して欲しいという要望が世界各地から寄せられ、私は当惑した。患児の体を構成している細胞のすべてに、この実験で行ったような処置を行うことは全く不可能だからである。然し、考えてみると、この研究が成立し得たのは、日本を含め世界各地の患者さんから分与して頂いた細胞が利用できたからで、治療を無視した基礎研究と云うのも、或は身勝手に過ぎるのかも知れない。この要望をまともに受止めてみようという思考の場が、その時から私の心の中の大きな場処を占有するようになった。
 然し、体の中の夫々の組織内の細胞をすべて処理できる―一般化できる方法があろう筈は無いのである。一歩さがって、体の中の特別な細胞を選択的に処理する方法でも考えない事には、実験系を組立てることすらできない。ここで先ず頭をかすめたのは、当然ながら、癌である。然し癌と云っても病理組織学的には千差万別で、取扱い易い癌なら、別に細胞工学的にむつかしい事を考えなくても、外科的処置に優るものは無い。このような対象では、研究に熱意がでない。
 そんな事を考えながら2年程がすぎた或る日、学会で友達と雑談中に、SSPEと呼ばれる、大脳の神経細胞が進行性に侵されてゆく致死的難病の実験系が、その本人によって in vitro, in vivo 共に確立された事を知った。病変細胞さえ殺してしまうことができれば、病気の進行を停止させることができる面白い対象である。しかも脳細胞というのは、他の臓器と異って、神経線維の網の中に点々と存在しているから、他のどの細胞よりも、細胞工学的処理に適している。先ずこの病気をモデルとして患者を細胞工学的に治療する道を模索するのが現実的であると判断した。
 それからすでに8年があっと云う間に経ってしまった。然し、その間に研究は見事に展開した。協同研究者の努力で、in vitro で SSPE 細胞だけを選択的に殺せる見事な方法が考案された。しかもこの方法は、生体にとって最も副作用の少ないうまい方法なので、きっと患者治療にまで進める有効なものであろうと当事者連中は確信するようになった。ここで、いよいよ実験動物レベルで大脳に起こした SSPE を治療する実験に移ることになった。
 この動物実験の研究費助成を山田科学振興財団にお願いし、現在研究が進行中なのである。SSPE は非常に稀な病気で、勿論患者数も少ないので、文部省、厚生省などから科研費をもらうのはそれ程容易ではない。現在はとにかく日本中癌研究のオンパレードである。そんな状況下で、私共の研究への意慾を聞きとどけて下さった山田科学振興財団に深く感謝するものである。うまく治療に成功するか、或は予想を超える困難が待ちうけているのか、まだわからない。然し、致死的難病の一つが、たとえ患者数は少ないにしても、治療できる事になれば、医学研究にたずさわって来た私共にとって、こんなすばらしい事は無いのである。とにかく結論をつけねばならない。
 昨年秋(1985)中曽根総理が私共の研究センターを視察され、その翌日の朝食会で2時間程懇談の機会があった。その時の総理からの話題は老人ボケの問題であった。老人ボケを含め、その他いろいろな大脳関連の医学にも、私共の SSPE 治療実験は大きくかかわって来ることになる。この研究は大脳細胞の細胞工学的処理の可能性を検討するスタートに位置する研究だからである。慎重に研究を重ね、良い成果を得たいものと願っている。

記念誌「山田科学振興財団の10年」(昭和62年(1987年)2月1日発刊)より
※ 筆者の所属・役職は、執筆当時のものです。