No.9 随想 研究助成について
昭和56年(1981年)2月9日
近藤 次郎
監事・国立公害研究所所長
文部省の科学研究費は昭和56年度、ついに350億を突破するに到った。これは5年前にはまだ200億程度であったから短期間に長足の進歩をしたものといえる。
筆者も大学に籍をおいていた間は科学研究費のお世話になったが、以前は調査旅費などが限られており、また、面倒な使用上の制限があって費目の変更なども容易ではなく、事務に慣れない教官にとっては申請の手続きから最終報告の提出まで非常に面倒なことが多く、わずかばかりの研究費のために多くの労力を必要とするから、いっそ貰わない方がましであるという声さえ上がっていたものである。
最近では、申請の方法も手続きも極めて簡略化され、また融通性が多くなって調査旅費などにも利用できてずい分便利になった。この研究費によって日本の科学技術がどれくらい進歩したか計り知れないものがあると思う。ところが、癌、自然災害、環境などの特定研究の占める割合が最近急に多くなってきた。このような研究が極めて重要であることは言をまたないが、しかしながら、その他にももっと科学技術の基礎として今のうちから準備しておかなければならない重要なものが数々ある。そして自然科学だけでなく、社会や人文科学にも行き渡ったバランスのとれた学術の体系の確立が必要である。それにはもっと自由に、日の当たらないテーマについても科学研究費が支給されることが望ましい。しかし国費を使うのであるから自由に使ってよいというわけにはいかないであろう。最低の評価やチェックが何らかの形で行なわれることが必要である。
さて、学術の成果の評価となるとこれは容易ではない。最近のように高度に発達し、かつ、多岐に渡った研究分野のすべてに通暁している人は文部省内はおろか、どこにもいないであろうから成果を評価するということになるとそれは至難の業であるといえる。これは学術審議会とか、科学技術会議等の下部機関が担当すべき問題であろう。
しかし、文部省の科学研究費は主として、大学関係の、しかも国立大学関係の研究者に片寄っており、一般の私立大学や民間の研究者には馴染みの薄いものになっている。この点日本でも各種の財団が発足して多方面に亘って研究費の助成が行なわれているが、そちらにはこのような制約が少ないことは喜ばしい。とくにその使用に面倒な手続きや制限のないのはよい。しかしながら民間の財団は学会などで名の知られていないかくれた才能も援助することが望ましい。
山田財団は発足以来4年になるが、この間に海外渡航援助、学術的会合の開催など含めて研究助成を行なって順調な発展を続けてきた。まだ世の中の第一線に出ていないうずもれた英才を発掘することに貢献していることは誠に喜ばしいことである。研究の成果は一朝一夕にあがるものではないから、遠い将来に花が咲くような研究の育成にも眼を向けるべきであろう。財団の成果は助成をうけた研究者の業績によって評価される。この意味で関係者のいっそうの努力と研究者の精進を期待し、長い眼で温かく成果を見護って下さるよう大勢の方々に訴えたい。
記念誌「山田科学振興財団の5年」(昭和57年(1982年)2月1日発刊)より